東京高等裁判所 昭和59年(行ス)5号 決定 1984年3月23日
抗告人(申立人) 石原閧一
相手方 法務大臣
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告の趣旨及び理由は、別紙抗告状写し記載のとおりであり、要するに、「本件引渡請求において抗告人が犯したとされる犯罪については、抗告人がその犯罪に係る行為を行つたことを疑うに足りる相当な理由がなく、しかも、相手方は自国民たる抗告人の人権保護の責任を有するものであるから、相手方の抗告人に係る本件引渡についての命令は裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつた場合に該当し、取り消されるべきであり、したがつて、右命令の執行は停止されるべきである。」というにある。
しかしながら、一件記録によれば、抗告人を逃亡犯罪人引渡法にいわゆる逃亡犯罪人として請求国たるアメリカ合衆国に引き渡すことができる場合に該当することは、抗告人が本件引渡請求において犯したとされる犯罪に係る行為を行つたことを疑うに足りる相当な理由があることをも含めてこれを認めるに十分であり、他方、抗告人を前記請求国に引き渡すことを相当とした相手方の判断にも主張のような違法があると認めることもできない。結局抗告人の主張及び提出に係る全資料を検討しても、本件執行停止の申立は「本案について理由がないとみえるとき」に該当するから、失当として却下すべきものとした原審の判断は正当であり、他に、原決定を不相当とすべき理由を見いだすことはできない。
よつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 後藤静思 奥平守男 尾方滋)
抗告状
原決定の表示
本件申立てを却下する。
申立費用は申立人の負担とする。
抗告の趣旨
原決定を取消す。
相手方が昭和五九年三月一三日付で東京高等検察庁検事長に対してした逃亡犯罪人引渡法第一四条一項に基づく抗告人をアメリカ合衆国に引き渡す旨の命令の執行は、本案判決が確定するまでこれを停止する。
手続費用は全部相手方の負担とする。
抗告の理由
一、原決定
抗告人は相手方が昭和五九年三月一三日付で東京高等検察庁検事長に対してした逃亡犯罪人引渡法(以下「法」という)第一四条一項に基づく抗告人をアメリカ合衆国に引渡す旨の命令(以下「本件引渡命令」という)に対して相手方を被告とし、本件引渡命令の取消を求める行政訴訟を東京地方裁判所に提起し、かつ、右本案判決確定に至るまで本件引渡命令の執行停止を申立てたところ、同裁判所は昭和五九年三月一九日申立却下の決定をなし、右決定正本は同月一九日抗告人に送達された。
二、原決定の理由
原決定の理由は、抗告人が引渡犯罪にかかる行為を行つたことを疑うに足りる相当な理由があることが一応認められ、抗告人が犯した疑いのある犯罪の性質、事案等にかんがみれば、逃亡犯罪人を引き渡すことが相当であると認めた相手方の判断に裁量権の逸脱ないし濫用の違法があるとは認められないとし、本件申立ては、「本案について理由がないとみえるとき」に該当するから申立てを却下する、というのである。
三、原決定の不当性
しかしながら、法は第二条において引渡犯罪に係る行為を行つたことを疑うに足りる相当な理由がないときは、逃亡犯罪人を引渡してはならず、また、逃亡犯罪人が日本国民であるときは引渡さないのを原則として自国民の人権を保護しているのである。
本件引渡請求にかかる犯罪は、抗告人が、リース契約を締結して借り受けた自動車二一台を、日本国に輸出したというのであるが、抗告人が本件引渡命令執行停止申立書で詳細主張したごとく、抗告人はこれらの自動車を含む一〇八台の自動車をすべて正規の手続に従つて輸出許可を受けて輸出したもので、リース自動車は所有者であるリース業者が廃車手続をしない限り輸出許可を得ることは不可能であり、本件引渡請求にかかる犯罪そのものが不能であり、抗告人が引渡犯罪にかかる行為を行つたことを疑うに足りる相当な理由があるとは、とうてい認められない。
相手方は自国民の人権保護の責任を有するものであり、引渡請求にかかる犯罪が不能犯である本件の場合、抗告人がリース自動車の輸出許可を得た方法の合理的証明がない限り、引渡命令を発してはならないのであり、相手方は法第二条の解釈適用を誤り、裁量権を逸脱し濫用したものと云わざるを得ないのである。
したがつて、原判決は不当であるから抗告の趣旨記載の決定を求める次第である。